チャンスの神様とは、ぜったい友達になれないはずだった 〜前編〜

「名刺? わたし持ってない。だって、めんどくさくない?」

名刺を配るのが当たり前の場で彼女は、笑顔で言い放った。こっちが悪いことをしているみたいで恥ずかしくなる。そんな言い方……。

ベリー色の派手なワンピース。ストレートの髪に濃いメイク。大きな笑い声。目立とうとしている人って苦手。彼女とは友達になれそうにもない。

「起業家に夢を語る13人の女子」と題されたそこに彼女はいた。本当は私も真っ赤のセーターをこの日のために新調していた。だけど前日、夫に「ちょっと違うんじゃない?」と軽く言われたのを気にして、グレーのタートルに淡いグリーンのスカートを合わせた。友人からは、きれいな色と褒められた。うん、やっぱり万人受けするものがいい。冷静な夫は頼りになる。

ほらね、目立とうとするなんて逆にダサイんだから。彼女からは少し距離をおいた。だけど気になる。自然な感じで近づき、気持ちを悟られないように話しかけた。彼女は全員に同じ笑顔と態度で、当日のメインゲストにも何枚もの写真撮影をお願いしていた。

悪い人ではなさそうだから、接点だけは持っておこう。これが私のその日の感想。

彼女が私のチャンスの神様だとも知らずに。

それから1ヶ月後、四条烏丸のカフェで二次会があった。彼女はそこに30分遅れて到着し、雨の中サングラスをかけ、息子の手を引いてきた。9人の女子たちが長テーブルを囲み、端にいた私の対角線上に彼女は座った。話したいなとは思っていた。苦手なはずなのに気になる。ずっと彼女を目で追う。

ここに集まった女子たちは先月、女性起業家の前で自分の夢を語った。私は当日の朝まで、緊張と自分の夢のあいまいさに逃げ出したい気持ちだった。その思いを書いたエッセイを読んでくれた仲間たちは「がんばったね」とねぎらってくれた。

突然、一番遠くにいた彼女が声を上げる。「私も読みましたよ! よかったですよね! でもかわいい。だって自分と同じ人間なのに起業家さんのこと神様みたいに思っるんだもん」グサっ。それじゃあ、あんたはいつまでもそっちの世界に行けないよと言っているようなもんだった。でも真実だった。

褒められたのか、けなされたのか、よくわからん。近づくのはやめた方がよさそうだ。そう思っていたのに、目を離したスキに娘が彼女の息子に近づいた。娘を追いかけ、一瞬私たち2人だけの空気が流れたとき、彼女が言った。「自己紹介書いて欲しいんだけど、いくら?」

返事につまる。文章を書いて人からお金をもらったことはまだ一度もない。でもいつかはそうなりたいと私はこの人たちの前で語った。これが夢が現実になるってことじゃないの。それなのに私は「いや、まだ決めてなくて……」と返す。彼女はすかさず「それじゃ頼めない。これでどう?」提示された金額に、私はうんと言葉に出さずにうなずいた気がする。

会が終わる。外は雨。「じゃあまた連絡……」という私の言葉をかき消して、彼女は「この後ミーティングね!」と私の予定も聞かずに自分のパワースポットだと言うカフェに私と娘を案内した。

注文した飲み物を待つ間、「はい、じゃあお願いします」とテーブルの上に置かれたのは、お金。え、もうくれるの……。びっくりしたけれど、ためらっていたら、またけなされそう。当たり前をよそおって、それを財布にしまった。

今の気持ちを過去の思い出と共に自由に話してもらった。会って2回目の私にここまで話してくれるんだと思うようなエピソードがたくさんあった。それを来月に控えている彼女のあたらしいステージへの意気込みにからめてエッセイにする。書くことには自信があった。急いでいると言う彼女に3日後を約束して別れた。

約束の日の夜になって、なんとか形にしたものを送った。翌日、悪くはないが、もっと強く言いたいことがあるとメッセージがきた。書き直しはいくらか必要だとは思っていたけれど、そこをクローズアップするのは自己紹介の意図とずれる。彼女のこだわっている真意もつかめないので説得するもゆずらない。仕方なく、もう少し時間をくれと締め切りを決めずに書き直すことにした。

悩んだ。どう書いても中だるみする。読者は途中で読むのをやめてしまうだろう。それでも彼女が書いて欲しいと言っている。それはなぜ? 彼女は何を伝えたい? どうすればわかりやすく伝えられる?

本人に乗り移りたいとき、私は音楽の力を借りる。当時聞いていた曲は何かと尋ねると8曲も送られてきた。彼女に遠慮という文字がないのは、このあたりでわかっていたし、締め切りを決めていないから、いくらでも引き延ばせる。でも彼女が私に書いて欲しいと、あの場で渡してくれた思いに、これ以上悩むフリをして過ごしたくないと思った。

書き直すと決めてから5日目の夕方、走らないペンを手に目の前には下書きのノート。1万字以上の捨てられそうな文字たちを眺める。これ以上出てくるのか。でも書かなきゃいけない。彼女が好きだという曲が流れるイヤホンを耳に入れる。悩んでいた頃の彼女になったつもりで思いをめぐらす。隣で歩き始めの娘がヨチヨチこちらに近づいてくる。「あ……」

そこからペンが止まることはなかった。3時間後にすべて書き直したものを見て彼女はすぐに「感涙」とメッセージをくれた。できた。最初に書いたものとは明らかに違っていた。はじめての仕事にプレッシャーを感じて、うまく書こうとし過ぎていた。それに、私が書きたいように書いても満足してもらえないような気がしていたから、すこしでもよく見せようとあえてこれまでとは違うスタイルを試していた。

だけどやっぱりそれは、本当に書きたいものじゃなくて満足もしてないし、自信も持てなかった。追い込まれた私はそこで、いったんすべてを捨てた。そうして書き上げたものは、彼女も満足してくれ、私も満足するものになった。それが結果的にわたしの未来への扉をすぐに開くことになるなんて、私はまだ気づいていない。

彼女の注文をなんとか実現したくて、彼女に乗り移りたくて、彼女を知らない人にどストライクするように書きたくて、やっと絞り出したそれが、これから私がずっと書き続けていきたいものだと気づくまでには、まだほんの少し時間がかかる。

人生を物語にするライターの夢が叶ってから1週間後、想像していなかったことが起きた。

続きはまたあとで……!

The theme song of this essay is the soundtrack of the movie ‘Devil Wears Prada’.

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