「これでお願いします」
目の前におかれたお金はあきらかに、「私には多すぎる」と思った。こんなにもらえない。でも、欲しいと思っている自分もいた。
ずっと前から欲しかった。洋服も化粧品も、雑誌を開くたびに「欲しいでしょ」と私に語りかけてくるものから逃げたくて、美容院に行っても料理の本とか、片付けの本に手を伸ばすようになった。
子どもも生まれたし、無謀なことはできない。二人目も旦那さんは欲しいって言ってる。このまま正社員を続けて、安定したそれなりの収入をもらって、どこかのタイミングで会社を辞めても、その頃には子どもたちも巣立って、おじいさんとおばあさんになるのを待つだけの時間を過ごしていく。
…………。
いや、ちがう。そうじゃない。小さな頃から高いものに興味があった。値段の高いもの。両親は倹約家で自分の身の回りのものにはまったくお金をかけない人たちだったけど、
私を初孫としてかわいがってくれた、おじいちゃんとおばあちゃんは、ギラギラの時計をつけて二人で海外旅行に行く人たちだった。
どっちがいいかなんて、小さな頃は考えたことなかったし、お父さんとお母さんのことが大好きだから、お父さんとお母さんが困らないように、スーパーでお菓子を買うのをガマンしたこともあった。
ほんとうは欲しかった。いい洋服、高いごはん、ステキな場所に旅行してみたかった。両親のためにもう一度書いておくと、貧乏だったわけじゃない。母は専業主婦で、きょうだい3人私立大学に行ったし、私と妹なんて東京でひとり暮らしまでした。
だけど、父と母が自分だけの趣味や好きなもののためにお金を使うのをみたことがない。だから、お金をたくさん持つことや、バブリーに使うことにすごく罪悪感を持っていた。たぶん今でも。
でも、でも、でも。欲しい。買いたい。身につけたい。私が理想とする女性たちは、みんな身なりや服装、食べるものにこだわっていて、それがとてもエレガントで、ステキで、あんな世界に私もいきたい。
本当はずっとそう思ってきた。でもダメ。また誰かがいう。やり方もわからない。
だけど。
目の前に置かれたお礼はまぎれもなく、私個人に渡されたはじめての報酬で、はじめての私の価値だった。会社からもらう給料じゃない。私の腕で、手で、足で、心で私がやりたいことをして手に入れたもの。
値段は価値だ。
はじめて私に価値がついた次の日、それと自分のお金を財布の中に入れて、万年筆を買いに行った。値段を見ずに、「これがいい」と思うものを店員さんにガラスケースから取り出してもらった。
「値段は気にしていないんです」
言ってみて気持ちよかった。それでも、ドギマギぎみの店員さんは、3000円くらいのプラスチックの万年筆を試し書きに出してきた。ちがう、と思ったけど手にとって書いてみる。もちろん、ちがった。もう、あれしかないんだ。
値段を聞くと、想像していたのの半分以下だった。それでもいい。はじめて値段を見ずに、欲しいと思うものをレジに持っていく。だけど、実際はそれは店員さんの見間違いで、最初に教えてもらった金額の倍だったけど、逆にホッとした。それくらいの価値が今の私には欲しかった。
自分のためじゃなく、人のために使うお金。お金じゃない、気持ちだよ。それはキレイゴトだと思っている。だって、お金がなくちゃ、何もできないよ。ストレス発散もできないし、キレイな場所でキレイなものを見ることもできない。
お金に執着するなんて、カッコ悪い。とも思ってきた。今でも怖い。お金、お金、お金。こんなこと言うヤツ、私は嫌いだ。嫌いだけど、好きだ。
好きなものを好きだと言いたかった。お父さんとお母さんにも、もっと自分の好きなようにお金を使って欲しかった。だけど、それは子どもたちへの愛だから、仕方ない。それがお父さんとお母さんの生き方だから。
私は私の価値観で生きていきたい。そろそろ。稼いで、稼いで、稼げるだけ稼いで、行きつく先がどこなのかはわからない。だけど、行ってみないとわからない。このまま死ぬのはイヤだ。
はじめての私の価値が万年筆になってから、思ったことを口にすることが気持ちよくなってきている。フシギな感覚。こうやって書くことは、気持ちの毒出しだと思う。だから、私は書きたいし、毒がなければ生きる楽しみもないような気がしている。
お金のことを話すのは、私にとってずっと毒だったけれど、毒のまま心の中に閉まっていたら、体の中までドス黒くなって、顔色まで悪くなりそうだ。
そんなのはイヤダ。イヤダ、イヤダーーー! だから、私は書きたいことを書いて、エッセイストになりたいし、ハワイに別荘を持ちたいし、おばあちゃんが持ってたCHANELのスーツがほしいし、娘にもそんな思いをさせてあげたい。
世の中にはそんな人たちがたくさんいるんだから、私が一人仲間入りしたって、定員オーバーになることもない。稼いで何が悪い!
やりたいことやって、ハチャメチャおばあちゃんになって死んでいくのが私の夢です。はぁ……。こんなこと、はじめて書きます。これ人生初の本気の毒出しエッセイです。
こんな経緯で、私は物書きになっています。
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