【自己紹介&お問い合わせ】森中あみって誰だ? 毒だしエッセイって?

毒だしエッセイは、

クライアントさんのはずかしい、隠したい、こんなの見られたら死ぬ、くらいのことを書いてしまいます。公開するかどうかはするかどうかはご本人次第。

あ、はじめまして。
森中あみです。

最初からコワいこと書いちゃいましたね。人のこといじるのが好きみたいです。「あんた、ほんとはこう思ってんでしょ~?」って。イヤなやつですね。ほんと。

1980年9月26日、千葉県で生まれました。これを更新している今日は、2018年9月23日秋分の日。そう、もうすぐ38歳の誕生日です。

自分が大好きで、でもそれをあからさまにアピールするのはイヤだから「能ある鷹は爪を隠す」的なのがかっこいいし、嫌われない方法だと思っていて、ずっと隠して生きてきました。私のしたいことなんてって言い訳しながら。そうしたら、ほんとにやりたいことがわからなくなって、ずっと自信がなくて、好き勝手生きてるように見える人に嫉妬して、でもそんな気持ちさえも隠して。

その頃の話は、
こんなところに放り投げられてます。
小学校の持久走大会で一番になれるのに、わざと二番になった話です。

こんなんもあります。
がめつく生きろってなんだよ。20年前の先生に言いたいことがある。

社会人になってメールをたくさん打つようになって、こっちの思いと相手へ届く気持ちに差があるなぁって感じていた時、最寄り駅でもらったライティング朝活に目がとまりました。

「文字で気持ちを伝える法則が知りたい」そう思っていた、まさにのタイミングに飛び込みました。大正解でした。伝わる快感、何よりも私は「わたし」を伝えたいんだってことに気づいた。

書くことは生きること。はじめて書いたブログです。

今思えば、授業のノートをはやくキレイにわかりやすく書いたり、小学生のときに「うさぎとなんとかの大冒険」みたいな手作りの絵本を書いてお母さんに見せたりしてた。たまに気持ちが煮詰まった時にノートになぐり書きしたり。好きだったんだ、小さなころから。

この快感、最初は自分だけのために使っていた。だけど、もっと書きたいな、人の書きたいことを私が代わりに書いてあげたいなと思うようになってきて。だけど、「そんなのムリ」「もっと技術がないと」ってまた言い訳してた時に、自己紹介を書いてほしいって言ってくれた人が現れた。

悔しいじゃなくて、楽しいで生きる!そう決めたら、英語が話せるようになってた。

~その時のエピソード~

書き上げたときの爽快感は今でも忘れてなくて、ホンモノを書けた気がした。3回くらい書き直したのかな、最初のはカッコつけてた。はじめての仕事だったし、英語の先生の前でつたない英語を使えなくてグーグル検索したものをツラツラ並べたりしてね。実力以上のモノを出そうとした。

悪くないんだけど、なんかちがう。本人から本音のコメント。バレたなって気がした。彼女の本音の奥までいけなかった。それから100を超えるメッセージのやりとりがあった。彼女の罪悪感を私はそう思えなくて、なぜ? どうして? をぶつけた。彼女もそれに対してこうだからと返す。それが結果的にふたりで奥まで進むことになった。

もうこれ以上は聞かなくても、話さなくても大丈夫。そんなところまではいけた。だけど、それを文字にするって、もうひとつ山を越える必要がある。なぜなら、気持ちっていろんな過去や性格、親、今の環境、夢、プライド、あの時言えなかった気持ちが複雑に絡み合っているから。文字にするって、言葉にするって、それらを少しずつひも解いて自分の本当の気持ちに気づくことだから。見ないふりをしてきたことも、隠してきたことにも正直になることだから。(すべてを書いてさらせ、ではなく隠していた自分に気づくこと)

だから、これが本当の自分だと思えるものは完成までに痛みを伴うと思ってる。彼女はすべてに正直であることを望んだ。恥ずかしくても、苦しくても、本当の自分として出しすことを選んだ。

そのために私は彼女になりきる必要があった。当時聞いていた音楽を思いつくものぜんぶ教えてもらった。悲しかったころ、いじけてたころ、自分には何もないと思っていたころ、少しずつ変わり始めたころ、これかもしれないという感触があったとき。

時間はかかってもいいと言ってもらえたけれど、書き上げるのを一瞬諦めそうになった。1週間くらい書く手を止めてみた。だけど家事をしていても、家族ででかけていても、頭の中はぼんやりと彼女を想う。よし、と覚悟を決めたその日、まさに書きだそうとしたその時、テレビの前で娘がヨチヨチ歩く姿と彼女が自分の生徒に向けて想う気持ちが重なった。

毒だしエッセイは、
自分の中の隠している気持ち(毒)に気づけば、文字にして目にしたら、毒じゃなくて自分にしかない希望の光だと気づくものです。

こわかった。今でもこわい。「ほしい」「目立ちたい」「一番になりたい」っていう自分の気持ちをだすことに。

うーん、違うかな。
ほんとうにそうなってしまうことがこわかったのかな。

小さなことならできるようになった。たとえば、毎朝スタバで買うとか、最近は旦那さんにシャネルの定期入れを買ってもらった。


ここ最近の素のわたし(※素っていうのは、私キレイに撮られることを意識せず、今に満足していること)

上のリンクにあげた昔の話はね、小学生6年生の話。で、わたしもうすぐ38歳でしょ。20年以上もずっと、一番にならなかったことを根に持っていて、目立ちたい気持ちを隠してたつもりでも先生にはバレてたんだよね。

がめつくなれよ、(お前、ほんとはそうなりたいんだろ?)って言われてたのに、私がずっと認めてこなかった。だって、嫌われるもん。嫌われるのヤダもんって。一番になりたい気持ちを隠して、だけど、心の底ではあいつより、あいつより自分のほうがすごいって思ってる。めんどくさいね。

今でも、自分の毒を感じることがたくさんあって、仕事でも子育てでも、家庭でも。うまく乗り越えられたわけじゃない。このブログを更新するのだってずっとできなかった。書きたいのに書けない。一番になりたいのになれない、あの頃の私と何も変わっていない。変われた! と思っても、また元に戻っちゃう。

だけど、変わったことがひとつだけある。それは、「私は一番になりたかったんだ」と気づくこと。そんな自分をヨシヨシしてあげること。

家族や友達に言えなくても、自分がわかっていたら、同じことが起きたときに、立ち止まれる。そして文字に残すのは、気持ちを流してなかったことにしないこと。

文字で目にするって最初けっこうキツかったりするんだよ。でも、そのキツさに向き合って、なんでキツんだろうってゆっくりでもいいから自分に聞けたら、こっちのもん。キツいのは否定してるから。自分でもうまく隠して見えないようにしてる気持ちがあるんだよね。その理由は親かもしれない、友達のあの一言かもしれない、わからない。自分にしかわからない。私が書くんじゃなくて、私があなたになって書くんだよ。

もう一人のクライアントさんが、私にとってあなた(森中あみ)は伝説のスピーチライター久遠久美だと言ってくれました。
私を傷つけた小説の主人公に救われる。言葉ってやっぱりおもしろい。

あぁ、ってあの頃の自分にタイムスリップして、「こうするしかなかったもんね、でもイヤだったんだよね、ほんとうはこうしたかったんだよね、仕方ないよね」って言ってあげられたら、少しずつ、ほんとうにしたかったことができるようになるかもしれないって思っています。こわいけど、手をつないで一緒にタイムスリップしよう。

毒だしエッセイも、今日のブログもその時にしか書けない生きもの。今、生きてる人を書いてるから。現在進行形で変わりゆくものと変わらないものを融合させて「今」を書くから。時空を超えて今を生きる、最愛の自分へのラブレターです。

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書くって「ご縁」なんだな、といつも感じてる。
これも、
だいすき、が言えなくて。

これも、
不器用すぎる父を許した日

これも、
愛なんて、もう意味ないと思ってた。

ぜ~んぶ、あなたがいたからできた話。私を通してあなたを感じる。だから、あなたの物語は私の物語でもある。その逆もしかり。そんな気持ちで書いています。

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