悔しいじゃなくて、楽しいで生きる! そう決めたら、英語が話せるようになってた。

「5つの動詞だけで英会話ができる」

これを見つけた時、私は私で生きていける。そう思った。私はずっとこんな風に生きていきたいと思っていたのに、難しく考えすぎていたんだ。

もっと簡単でいい。歩き始めた赤ちゃんが、楽しくて楽しくて自分の足で歩きたくてたまらなくなるように、英語で人と通じる楽しさをもっと簡単に教えたい。こけたって大丈夫。ちゃんと見てるから。ちょっぴり母親みたいな気持ちでみんなを見てる私がいる。

上から目線なんて、思わないで欲しい。平成の時代に雨漏りするような家に生まれた。貧乏だから大学もきっと無理。そもそも大学なんて行ったって普通に就職できるわけないから意味ないって思ってた。

そんな風に腐ってた私は、大好きな英語でさえ素直に好きって言えなかった。だって、「Aって、きれいな形だよね」って言っても高校の友達から変な目で見られたし、なぐさめるつもりの「too badだね」も大笑いされた。

だから、通じない怖さってよくわかる。自分の普通が相手に通じない時の辛さって、英語でも日本語でも同じ。自分が否定されたみたいに感じるんだよね。

当時の私もそう思ってたから、殻に閉じこもって勉強ばっかりしてたら、成績だけ良くなってた。指定校推薦で外大に行けるって知った時、諦めていた大学の文字がチラついて、迷わず飛びついた。

その大学をずっと前から本気で狙ってる友達には、後からごめんねって謝ったんだけど、また変な顔されてほんとに人間関係ヘタクソな私だった。

あの頃の私はとにかくがんばりたかった。勉強も生活費のためのアルバイトも、とにかく頑張れば認めてもらえると思ってた。日本人なのか韓国人なのかよくわかんない私でも、がんばればきっと同じになれると思ってたから。みんなが目指す方向に一緒に歩きたかっただけ。

でも本当は違うって誰かが言う。お前なんてって。その悔しさや劣等感を努力でカバーしようとしてた。でもどんどんその劣等感は強くなっていくばかり。だってそうだよね、今ならわかる。弱さを隠すための努力だったんだから。

指定校推薦なんて、ほんとは自分にはふさわしくないって思ってた。でも、そうすることでしか大学に行けなかったし、認めてもらうためには仕方なかった。大学が始まって、張り出されたクラス分けを見たとき、「またバレた」って思った。下から3番目のクラス。私の実力のなさがバレた。ただそれだけ。そしてまたがんばる。

何のために頑張ってるのかもよくわからなくなってきてた。成績が良かったら、一瞬うれしかったりするんだけど、まだまだ上には上がいるし、浮かれてちゃだめ、私はまだダメ、いつか、いつかってずっと思ってた。

その劣等感は、英語で授業が受けられるクラスに上がっても、どれだけ英語漬けの毎日を送ってもずっと消えなかった。就職しても先輩に自分の英語を聞かれるのが嫌だったし、また殻に閉じこもって電車の行き帰り4時間ずっと、好きな映画のセリフをiPodでリピートしてた。それなら誰にもバカにされないし、なんかちょっとだけかっこいいし、傷つかなくてよかった。

私が英語を好きになったのは、話せたらカッコイイから。それだけなのに、それすら、もう忘れてた。なんのために英語をやっているのかもわからなくて、英語を勉強しているのに、英語ができないめちゃくちゃカッコ悪い大人だった。

結婚して子どもを妊娠する頃には、仕事にも疲れて辞めていた。だけど、がんばらなきゃいけない英語から少し離れたとき、ふらっと京都の街に出てみたくなった。そこで道に迷ってる外国人を見つけた。

「……Are you okey?」話しかけると、相手はキラキラした目で振り返って切符の買い方がわからないと英語で言った。なんとか説明したら、ニコニコ手を振って帰っていく。

次の日もまた次の日も、困っている外国人を見つけて声をかけた。仕事中は全然話せなかった、京都のおすすめスポット、お寺の良さ、路地裏にあるお店を教えている私がそこにいた。

使っているのは中学生レベルの単語。文法なんてない。「こんなんでも、通じるの……」家に戻ってから、仕事の行き帰りで聞いてた映画のセリフブックを約1年ぶり開いた。「わかったかも…使ってる単語ってこれだけしかない」

あんなに努力して、あんなに勉強して、あんなに悔しがってた自分て何だったんだろう。こんなに簡単なことなら、もっと早くにできてきたかもしれない。こんなに回り道して、ほんと人生にヘタクソな私。

5つの動詞でできる英会話は、こんな感じで生まれた。それを使って道案内をしたら、ほんとに楽しかった。たのしい! もっと話したい! 悔しいからがんばる英語じゃなくて、楽しいから話す英語なら私にもできる、私はこんな英語が話したかった。はじめてわかった。

3年前、今みたいにお客さんとキャッキャ言いながら英語を教えてる私は想像できなかった。モヤモヤしてた私を知る旦那さんは最近の私を見て、「宇宙人みたいだね」って言う。大人のやることじゃないって意味だと思うけど、私はそれでいい。

子どもが楽しいことを何度も何度も、繰り返すみたいに私は今、楽しいことしかしない。楽しいから飽きないし、どんどんやりたくなる。

英語は私が悲しいときも、悔しいときもずっと側にいてくれた、優しくて大好きな存在。だからこそ、いっしょにいるときは笑っていたい。

みんなにとっても英語はそんな存在になれると思ってる。そのためのポイントはひとつだけ。転ぶこと。歩き始めた頃のことは覚えてないと思うけど、きっといっぱい転んだはず。ずっと抱っこされたままじゃ歩けないように、レッスンを受けただけじゃ、話せるようにはならない。

立ち上がる力を出すのは、あなた。私はいつでもここで待ってる。行っておいで。ヨチヨチ歩きの英語でいいから。走れるようになったら、あなたは一人でどこにでも行けるよ。

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吉野ヘシルちゃんのエッセイを書きました。ヘシルちゃんは英会話の先生です。

たった5つの英語の動詞で英会話ができるマンツーマンレッスン四条烏丸

約1時間のインタビューとメッセンジャーのやりとりでできあがりました。実を言うと、今までのエッセイに比べて、とっても苦労しました。

それはまず、ヘシルちゃんがはじめてのお客様だったということ。文化の違いに悩む気持ちをどう表現するかすごく迷ったこと。

そして、自分でも気づかなかったけど、ヘシルちゃんの昔の性格が今の私にそっくりだったこと。自分でも気付かない自分を書くってやっぱりできない。人のフリみて…みたいなことが、このエッセイでは起きました。

ヘシルちゃんがずっと殻に閉じこもって一人で英語を楽しんでいたように、今の私も一人で書くことを楽しんでいる自己満足の世界に生きていました。

でもそれじゃ、ちっとも満足しないことに気づきました。傷つかないけど、そこから先には進めない。とてもとてもいい出会いでした。ありがとう。

森中あみの「いつだって、人生はものがたり」2018年、いよいよ始動!!!

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