「わたし、ライターなんです」
美容院の鏡越しにスタイリストさんにそう告げた。本来、そこは髪型をオーダーするところで、自分が何者かを言う必要はまったくない。でも、わたしは今日、彼にかならずこう伝えると決めていた。
個人で経営している美容院。席同士の距離は1メートルもない。隣の人の話し声は聞きたくなくても聞こえる。恥ずかしいなぁ。日曜だから混んでるだろうし。言えなかったときのための普通のオーダー方法も考えて向かう。
12時の予約に10分遅れた。雪がちらつく中、小走りで店のドアノブに手をかける。グッ。あれ? 押しても引いても開かない。電気は付いているのに人影はない。日曜だから休みなわけもない。
寒い! 30秒外に立っているのも耐えられない。かじかむ手でスマホをいじり、やっと出てきた電話番号をおす。10回くらいのコール音の後、応答がある。
「あの! 今日12時に予約してた……はずの森中です! 今、店の前にいるんですけど!」怒っているように聞こえたと思う。実際、なんでだよ! と思っていた。店長さんはそれから1分後に、ゼーハー言いながら現れた。
本当は12時30分の予約だったらしい。個人経営だから、スキマ時間にできることを必死でやろうとしてただけだったのに、慌てさせてごめんなさいね。
店長さんには不運なことが、私にとっては幸運で店内のお客さんは私ひとり。予定していたあの言葉を、「ちょっと恥ずかしいんですけど……」と前置きしながら伝えた。だから、ライターっぽい髪型にしてくださいと。
半年前から通い始めた美容院。ライターの夢をモヤモヤ考えていた頃、近くに美容院ができたと聞いて、のぞいてみることにした。どこかのお店から独立した人がやっているはず。私もいずれ会社を辞めて独立したい。勝手に同志を応援する気分で通うことに決めた。
だから言いやすかった。そこから話が膨らむことも予想していなかったわけじゃない。実際、私と店長さん以外誰もいないというベストタイミングに気分を良くした私は、気まずい話も熱い思いも言っても言っても足りなくて、途中でふぅーとため息をつく始末。
ファッション雑誌に並ぶ文字をながめながら、自分が何を書きたいのか。どう書きたいのか。どんな人のエッセイを世の中に送りたいのか。それを書いてもらった人がどうなるのか。2日前くらいにやっと形になってきた未来をさも実現しているかのように言いまくる。
半年前、「私、ライターになりたい」だったのが、一ヶ月前、「私、ライターになる」に変わり、「私、ライターです」で最終形態をむかえた。
ライターという職業は、いくつになってもできると20年以上書いている先輩から教えてもらったことがある。つまり、「ライターだった」と過去形はないのだから、「ライターです」と自分で言えた今日から、私は一生ライター。
言えた! やった! ここまでくるのに4年くらいかかってる! 長い!
すべてを聞いてくれた店長さんが最後に言った。
「僕も夢は宣言するほうなんで」
ですよね。不言実行がカッコイイと思っていた昔の私よ、お前は失敗するのを恐れてただけだ。バカにされるのが耐えられなかっただけだ。本当になりたいと思ってなかったんだ。さっさとやれ!
最近、口調が荒い。その理由はわかっている。夢、夢と言い続けているときは失敗もないし、心は穏やか。まだまだって露天風呂につかっていればあったかいし。なりたいなー、そろそろかなーって話してると安心する。
だけど、思い切ってザブンと立ち上がって、外気にカラダが触れたとき、私がここに立っているのを感じる。冷たい風に身が引き締まると、体内の血液がバッと活動し始める。温かいと感じていたところよりも、刺激の熱さに快感を覚える。
そんなところにいちゃダメだ! ふやけてしまう! 体の熱い血を感じろ! その力を信じて! この気持ちが語気を強めてしまう。
もう私は戻れない。なりたい、なるなんて言えない。ライターです! と宣言した時の快感。自分で自分を感じて湧きあがる闘志。すべてを知ってしまったら、もう手放せない。ぬるま湯には戻れない。
もしあなたに夢があるなら、一人の時でもいいので、ぜひ試してみてください。声にだして。たとえば、歌手になりたい。歌手になる。歌手です。最後を言った後に湧き上がってくる思い、それがあなたの表現したいものです。
ぜひ。
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