毒出しプロフィールエッセイ

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「書くことは生きること」

これが私の変わらないテーマです。

変わることをずっと恐れていた。それなのに心では変わりたい、変わりたいと叫んでいた。心が分裂していたことに気づくまでに30年以上かかりました。

なぜ気づけなかったのか。それは自分にウソをついていたから。誰の目も気にせずふるまう人をみてうらやましいと感じる一方で、あんな人はキライだと思っていました。なりたいのに、なれない自分。どうせなれるわけがないと心のどこかで思っていたから。つまり自信がなかった。

あんな人はキライだと思う自分を認められず、人を嫌うなんてしてはいけない。自分の気持ちを常識に合わせてねじ曲げていた。それが本当の気持ちだと自分で自分を偽って。

そんなことすら気づかず、世間の目や家族の期待というありもしないものを理由にして、あいつのせいだ、こいつのせいだと本音をさらけ出せない自分をかわいそがって一日が終わる。もったいない生き方。

そんなバラバラの気持ちを必死で立て直そうと心にはいつも力が入る。たまってどうしようもなくなった時、誰にも見せるつもりのない日記みたいなものに書きなぐる。

誰にも見せられない思い。だけど、それが私の本音。つじつまも合わない。正しくもない。こんなこと言ったらバカにされるし、怒られる。だけど、私は思ってる。

このまま死ぬまで日記の中の自分とだけ生きていくつもりなのか。そんなのはあなたじゃない。自分の才能を信じて。あなたは本当を書ける人だ。もっと外に出して。私に身をもって教えてくれた人がいた。

私にはじめて値段がついた日

お金をもらうことは悪いことじゃない。相手も自分も楽しく、幸せになることだと感じた日のこと。自分のサービスに価値をつける、自信を持つことの罪悪感から解放されたきっかけ

この日から少しずつ何かが変わっていく。彼女は悔しい気持ちを肯定してくれた。悔しくてもいい。それがあなただから。でも自分を信じられるようになったら悔しいじゃなくて、楽しいになるよと。

悔しいじゃなくて、楽しいで生きる!そう思えたら英語が話せるようになってた

うまく転ぼうとしないで。トラウマや弱みをさらけ出すことで怖いと思っていた世界が味方になってくれると感じられた。

彼女に気づかされた。世界はバランスよくできている。いい面ばかりを見せても人は寄ってこない。一見、マイナスかもしれない部分があるから人間っぽい。親近感がわく。つまり、みんな同じように悩んでる。

悩みなんてないフリをして強がる人には、同じようにウソをついている人しか集まらない。そこで表面的な付き合いをして疲れる。家に帰ってみじめな気分になる。

そんなループはもう終わりにしよう。あなたが恥ずかしいと思っていたり、隠さなければ生きていけないと思っていることは、実は開示することで共感されるかもしれない。

たった一人でも私もそうだったと言ってくれる人がいたら、それはもう恥ずかしいことではなく、笑いあえることになる。闇が光に変わる。

私のいう毒とは、そういう部分。書きたくないことは書きません。あなたが自分はこう思っていたんだと気づくだけで充分。でもきっと、気づいてしまったら、誰かに聞いてほしくなるはず。

気づいただけで、あなたは自分を認めているから。どんな自分でも怖くないって思えるから。私がこれまで手がけてきた人たちはみんなそう。向き合うのは辛いから途中で逃げ出したくもなる。こんなつもりじゃなかったと傷つくこともある。だけど、過去にどうして傷つくのか。その時、言えなかった言葉、気づけなかった気持ちがカサブタになっているのかもしれません。タイムマシンはないけれど、その時の自分に戻って傷を手当てしてあげることはできる。それが思いを開くことです。

とことん出してみませんか? それが毒出しプロフィールエッセイ。出し切って、傷を癒しましょう。そして踏み出しましょう。後戻りしたくなっても、自分と向き合ったこのエッセイを読み返せば、また勇気になります。自分を勇気づけられるのも、くじけさせるのも、やっぱり自分なんだと気づくお手伝いができたら、とてもうれしいです。

*インタビュー(対面・スカイプなど)は録音します

*仕上がりはインタビューから10日〜2週間(フィードバックにより変更あり)

*気持ちに深く寄りそいたいので好きな音楽をお伺いしています

*完成版は本ブログに掲載することがあります(事前に許可を得た方のみ)

だいすき、が言えなくて。

誰にも好かれない私。2度の流産、離婚で直面した「好きと言えない」自分の弱さ。怖かったけど、欲しいものにはじめて手を伸ばした。そこから人生が激変する。お母さん、だいすき。言いたかったのはそれだけだった。

愛なんて、もう意味ないと思ってた

ふたりでもっと幸せになるために子どもを産んだはずなのに。夫へのいら立ち、自分のみじめさばかりがクローズアップされる子育て。どうしてこんなことに? 今さら何を問いただせばいいかもわからない。愛を思い出すきっかけは肉うどんだった。

不器用すぎる父を許した日

母親には話せても父とのきっかけはなかなかつかめないもの。私が32歳で実家を離れる時も最後の言葉は「じゃあね」だけでした。お互いを想っているはずなのに。不器用な父の娘もやっぱり不器用。だけど、似たもの同士だからこそ、つながる。いつかかならず。

メッセンジャーなどからのお申込み、毒出しエッセイのご質問も受け付けています。

人生のトビラを一緒に開きましょう!