自分の意見に責任を持ちなさいと言われたことはあっても、自分の感覚に責任を持ちなさいとは教えてもらったことがない。
だけど、
今、私が一番手に入れたいのは、
自分の感覚に責任をもって、
行動する勇気だった。
今日は、
「これで生きていける!」と思えた60分を過ごしたので聞いてほしい。
人は、なんとなく思っていたことが、
カタチになって
目の前に現れるとうれしい。
時には涙が出ることもある。
私はその瞬間が好きで、
ストーリーライティングを
仕事にしている。
目の前の人が、
話してくれた体験談、気持ちを
文字にする。
本人に見せた時の反応は2種類。
「ちょっと違う」
「全わたしが泣きました」
このどちらか。
YES OR NOなのです。
いやいや、
どちらでもないとう場合もあるでしょ?
という声が聞こえる。
そうです。
どちらでもない場合というのは、
文章の事実はあっているが、
気持ちが違う場合や、
言語化としては
間違っていないのだけど、
どこかしっくりこない。
どっちつかずの場合。
どっちつかずの気持ちは、
私のストーリーライティングでは、
NOに分類される。
100%これだ!という
気持ちの言語化が絶対にあるから。
私としては、
YES OR NOなのである。
こうやって、
仕事としてのストーリーライティングでは、
自信をもって
YES OR NOを出していけるのに、
いざ、自分自身のことになると
まったくできていなかった。
今年で45歳になる私。
これまで、
目の前にいる人が
悪人でない限り、
「悪い人ではなさそうだから…」
「私のことを思って言ってくれてるから…」と
言われたことを
ほとんど鵜呑みにしてきた。
結果、物事はうまく進んでも、
私の心は満たされていなかった。
自分で決めている感覚を捨てていたから。
つまり、自分の感覚に責任を持つことから逃げていたから。
直感や
嫌悪感など、
目に見えないものを
信じる勇気がなく、
わかりやすい誰かの言葉を
お守りにして、
安心感に変えていた。
なんでもかんでも
YESにしまくっていたら、
自信のない私ができていた。
小学校の卒業式の日、
担任の先生から一人ずつ色紙に書いた
ことばをもらったのだけど、
私の色紙には「自発」と書いてあり、
先生はそこまで見抜いていたのかと、
人を見る目のある人に尊敬するばかりだ。
もうそろそろ、
自分の「なんとなく」を信じたい。
私の願いはただ、
それだけだったのに、
失敗や
人目を気にして、
何も自分で決めてこなかった。
だから、
どうすればいいのか、
本当にわからなかった。
そこを解決すればいいことすらも
わかっていなかったのに、
今日は意識改革が起こった。
なんとなく思っていたことを
守護霊の力を借りて、
そうだよ、ちょっと違うかなと
言ってもらえる体験をした。
約1時間のセッションの中で、
なんとなく思っていたことが、
やっぱり!
なるほど!と
意識が上がっていく感覚を
何度も体験し、
そうか、
この感覚で選んでいけばいいんだと
自信を持てた。
なんだ、結局、
誰かの意見を取り入れているじゃないかと
言われると思う。
人の力を借りてはいるのだけど、
意見を取り入れてるのではなく、
感覚の答え合わせをしている。
ただ、
回答を求めて
守護霊セッションをしていたら
結局同じじゃないと思う人もいるはず。
そうではないので、
ご安心ください。
守護霊さんのメッセージを届けてくれた人が
最後にいった。
「最終的には、自立を促すものだから」
ずっと自分に依存してほしいわけじゃない。
自分の感覚を信じて、
生きていくための段階を踏んでいく
手助けのつもりだと。
私はそう受け取った。
だから私は、
この人をより信じられると思った。
だからみなさんにもご紹介したい。
これを読んで気になった方は、
ぜひ私にコンタクトを取ってください。
ご紹介します。
私はフロー状態の自分をつかむ練習に取り組んでいます。またメッセージします。
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