5年。「書く」人と私。

今日は娘が朝から機嫌がよくて、いつもより10分はやく家を出た。昨日の夜、22時30分には寝かしつけられたし、長袖長ズボンのパジャマがフィットしたのか、夜中も寝苦しそうに泣かずに朝を迎えた。半袖、オムツ一枚で寝ていたのはさすがに寒かったか。

娘の調子がいいと朝の準備もはかどる。理想の時間に電車に乗り、タイミングよく乗り合わせた会社の後輩の恋愛話しに笑いながら職場の最寄り駅に到着。

すこし遠回りになるけれど、朝は空いてるスタバに1ヶ月ぶりに行ってみる。いつもの席にあの人はおらず、あたらしく専用のチェアにした場所で、これを書いている。

貴重な時間なのに無意識にFacebookを開くクセで、かるく見てしまったらアニバーサリーだと。誕生日は先月終わったはず。

Facebookに参加して5周年を祝ってくれていた。

もう5年、

まだ5年。

朝活ライティング講座で先生や受講生とやりとりするために、一度はやめたFacebookを再開したのが5年前の今日。朝の6時は暗くて、もう寒かった。そう、今朝みたいに。

あの日から、「書く」ことについて毎日考えてきた。やっと見つけた自分の才能。褒められることの快感は、講座が続いた3ヶ月と試しに応募したサントリーのエッセイに入選した半年後くらいで、あとはずっと、もがいてきた。

昨日の帰りの電車で読んだ、占い師しいたけさんのブログに、ちょうど5年って書かれてたっけ。

書き始めて5年くらいは、自分が何者かになるために書いていて、5年を過ぎた頃から文字が自分から離れていって、それと同じ頃に人に伝わるようになってきたと。

5年かぁ、最近、毎日書けない、と自分を責めたけれど、書くことには向き合ってきた。今日で、5年。

好きなのに嫌い。

書きたいのに書けない。

そんなジレンマは、何者かになりたい劣等感からくる。私はわたし。それでいいじゃない。カリスマライターと名乗って自分を鼓舞するのも、まだ照れくさいけど、やるしかないんだ。だって、5年も考え続けてきたんだもの。

何も書けなかった日も、「あぁ、今日も書けなかった」と後悔しながら寝た。別に書かなくたっていいや、と無理やりポジティブになってみたりもした。だけど、書きたかった、本当は何でもいいから書きたかった。

どうせ、つまんないんだから、何でもいいみたいなことを糸井さんも言ってた。書くことを考えることは、私の人生なんだ。めんどくさいけど、離れられない。知らなければよかったけど、あの快感は忘れられない。これだ、と思ったんだ。朝活ライティング講座の初日。先生が出した二つ目くらいのテーマをやったとき。周りと私は何か違うし、それが私の本当だし、私が探してきたものだって。赤い糸で結ばれた運命の相手みたいに。

好きすぎて、「書く」から褒めてもらいたくて、書けなくなった。好きな人に気に入られたくて、自分じゃない人に無理やりなろうとするようなことをやってた。キツかった。ただ、好き。ただ、書きたい。ただ、あなたが好き。

「書く」は、私にとって、好きな人。憧れの人。運命の人。「書く」人。あなたに認めてほしくて何者かになろうとして、私は書けなくなってた。私はわたし。私が書く。私で書く。それが、あなたと共に生きると決めた日。健やかなるときも、病めるときも。

どうぞ、よろしくお願いします。