浦島太郎になったけれど、竜宮城で見た景色はもう私を昔には戻さない。

「キンチョーするよー」

鏡越しに夫に言うと、どうしたと駆け寄って背中をたたいてくれた。不穏な気持ちをはきだすおまじない。

1年8ヵ月の育児休暇が明け、復帰初日。

2週間前に職場に顔を出したときも書類を書く手が震えた。今朝、いつもより1時間早く起きて娘が起きないうちに化粧をしていたらドキドキ。心臓の音をかき消したくて夫を呼んだ。

勤めて16年。長い。長いよ。なんて長さだ。キンチョーなんてするはずない。知らない顔がたくさんあっても社歴の自信がある。長いって人に自信を与えるんだね。積み重ねた経験がものをいうってヤツかな。お局様気取りはキライだけど、長さと経験からでるオーラがあるのはわかっている。

だけどオーラなんて目に見えない。自分にはあると思っているけれど、相手がどう見ているかなんてわからないのにフシギだ。社内ではオーラがあるはずの私が、いざ、たとえばフリーライターになって世の中にひとりぼっちで飛び出したとき、オーラはなくなる、と思っている。

と思っている。

「思っている」ことが現実になるって、そういうことだよね。単純。人から見下されると思っていればそうなるし、尊敬されるはずと思っていればそうなる。ほんとうに単純な話。今書いているこれだって、なるほどと思っていればそうなるし、何の話だよと思えばそうなる。

だって、オーラも気持ちも目に見えないんだし。見えないものをあると思っているから、そう見えるんだし。だから、私はOLでもありカリスマライターでもあると思えばそうだし、会社に雇われるだけの書くことが好きな人だと思えばそうなる。

ここ最近は、そんな話がブームだ。私の中で。そんなのばっかり。

で、おもしろい。

「すべての正しさを疑うんだよ」

ランチに誘った後輩にそんな話まで始めていた。彼氏との関係に悩んでいた後輩は目を丸くした後にうるませた。「そんなこと言ってくれる人はいなかった」そう、私にもいなかった。2年前までは。でも現実にそんな考えで生きてる人はいるんだ。たぶん、たくさん。触れ合っていないだけ、その世界を知らないだけ。

知らないことはわからない。想像するしかない。だけど、思ってみることはできる。正しさなんてない世界。人に好かれることも、空気を読むことも、時間を守ることもしなくていい世界。ある。

あると思えばある。ないと思えば……ひたすら続く。

会社という世界から約2年離れただけで、私は違う惑星で生きてきたみたいだ。オーラとか波動とか、お金はあると思えばあるとか、そんなことを本気で語るし、それこそが私の命が求めているものだと感じるようになった。そんな話しがわかる人と時間をこれからも共にしたい。

育休経験者の先輩から「浦島太郎状態だけど気にしないでマイペースでやればいいよ」と言われていた。たしかにそうかもしれない。私のいない間にパソコンのシステムも変わったし、人事異動もあったし、同期が立て続けに結婚してたりした。

私のいない間に変わったこと。その場にいなかったから知らなかったこと。それは知らなきゃいけなかったことなのかな、取り戻すために必死にならないといけないのかな。先輩の言葉は例えだとわかっているけれど、浦島太郎はダメだと言われているようで、どうもふに落ちない。

私が浦島太郎、花子かな、になっていた2年間。おなかがパンパンになって、破水して、子どもが体からでてきて、おっぱいをうまくあげられなくて、夜中に泣いて、旦那さんとの関係に悩んで、それでも私なりの子育てがしたくて、仕事もひとりでやってみたくて、自由が欲しい! と叫びたくなって、もがいて、見つけてくれる人に出会って、旦那さんとたくさん話して、迷いながら復帰した。

会社が変わって私も変わった。それでいいんじゃない? 浦島太郎でいい。元いた場所に帰るって過去なのか、未来なのか、よくわからなくなるんだけど、自分がどの場所から、どの立ち位置で見るかだけなんだよね。

浦島太郎は玉手箱を開けておじいさんになった。乙姫さまはけっして開けてはいけないと言った。どうしてなんだろう。わからない。ずっと考えているんだけど、玉手箱の意味がわからないように、今立っているこの場所の意味もわからなくていいんだと思う。時がたって、思いたいように思えばいいんだ。思ったようになるんだから。

娘という亀にのって、連れていかれた竜宮城の景色は今もまだ続いていて、これが夢なのか現実なのか、夢だと思えば夢なのかもしれない。ある日、クローゼットを開けたら煙に包まれて80歳くらいのおばあさんになっているのかもしれない。

産休に入る前に通っていたコーヒーやさんに2年ぶりに行った。娘が一歳半になったと言ったら、かわいい顔の店長さんは目を丸くして、「半年くらいの気分だ」と言った。

時間って、そんなもんなのかもね。刻まれているようで、それもただの感覚。だけど、確実に刻まれているのは経験。それに対する思い。それがある限り、私は過去には戻らないし、過去を取り戻そうともしないし、ただ今ここにあるはずの時間と気持ちを噛みしめるだけ。

経験は気持ちを作る。それがオーラになって私を包む。だからそれをまとって感じるだけ。過去も未来もない世界、今をただ見る。

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