【私の仕事】生きる、だけ。

私の仕事は、生きることだ。

そんなの誰にだってできる。

そう思いましたか?

そうですね。

生きるだけなら。

だけど、赤ちゃんは誰かに手伝ってもらわないとごはんを食べることができません。
お風呂にも入れません。着替えられません。

小学生にもなれば、そんなことぐらいできるようになるじゃないか。

そうですね。

でも、身体障害を持つ方はどうでしょう。
死ぬまで誰かの手を借りなければならない人もいます。

え?
じゃあ、私は一人で生きているの?

違います。

まず、仕事をしている。

私の書くものが世の中にでるまでに
何人もの人の手を借ります。

次に、家族がいる。

家事を終わらせるまで
娘を旦那さんにみてもらったり、
旦那さんも家事をするときは
娘が私たちを待っている。

誰かとともに生きている。

最後に、これからも生きようとしている。

あしたも、
あさっても
生きている保証はどこにもないけれど、
生きるって、
誰かに寄り掛かること。

生きるだけで、
しんどいし、
イライラするし、
うれしいし、
誰かと共有したい。

あしたもし死んでしまったら、
私が今考えていることを共有できない。

いつか、
いつかと思っていたら、
いつか終わりがきてしまう。

私は生きている。
だから、書いて残す。
ただ、それだけのこと。

それだけのことがしんどい。
一苦労だ。

だけど、書きたい。
つまり、生きたい。

いつか、
それをみた娘や旦那さんや両親やきょうだいが、
あぁ、こんなこと考えてたんだって、
嘘も真実も虚栄もすべて見透かして笑う日を創造すると
書かずにはいられない。

私がいなくなったとき、
「お母さんは何を思っていたんだろう」と思う日がくる。
自分の頭の中の思い出は、信用できない。
だって、いいように解釈してしまっているから。
本当のことなんて、本人にしかわからないんだから。

私は
なんのカケラも残さずに死んでいくのは嫌だ。
だから、書きたい。
まだ生きたい。

私の仕事は書くことであり、
生きることだ。