お母さんが喜んでくれるのは、友達の悪口だったから。

「今日ね、○○ちゃんがね、先生にこんなこと言ったんよね、それっておかしいと思うっちゃんね、だってさ……!」

人の悪口を言うと、お母さんが喜んでくれた。だから私はいつも今日はお母さんにどんなネタを話そうか、ウソも本当もわからなくなるほど考えて、お母さんがおもしろがるネタを作っては話す子どもだった。

お母さんを笑わせないと眠れなかった。そのために友達や大人たちの悪いところをいっぱい見つけて、いっぱい話した。

私のお母さんは、やさしくて子ども思いで、お父さんに愛されてて、ごはんがおいしくて掃除好きで、おもしろくてたくさん話を聞いてくれて、友達からも羨ましがられるお母さんだった。

だけど、お母さんはよく人の悪口を言った。ブス、ダサい、頭悪い、スタイル悪い、性格悪い、子どもを叱っている、終わりの見えない話をする、そもそも不幸とか、ほんとにいろんなこと。

人にはいい面も悪い面もある。お母さんの話っぷりはそうだ。○○さんはおっとりなんやけど、ちょっとしつこいんよねぇ。○○ちゃんの話はおもしろいけど、ちょっとワガママやね。

うん、そやね、そやね、と私とお母さんの会話は誰かのアラ探しばかりでとても楽しかった。なんとなく心苦しい気持ちもあったけれど、お母さんと笑いあえる時間の方がよっぽど大切で、どうせここだけの話だし、外では私もフツーにいい子だったから、なんの問題もなかった。

いつだったか、お母さん、悪口言いすぎだよと冗談めかしてちょっと勇気を出して言ったとき、お母さんは真面目な声で、「家の中くらい言わせてよ」と言った。そうだな、と思った。お母さんは外で笑顔をふりまいてニコニコしているんだ、家の中くらい息をつかせてあげないといけないんだ、お母さんは家の中でのお母さんがあるから生きていられるのかもしれない、ほんとはアイツやコイツにムカついているけれどそんなことこれっぽっちも出さずにステキなお母さんをしているんだから。

外と内の顔はみんな違うんだろうけど、こんなにも悪口を言うもんなんだろうかと考えることもあった。だけど、そんな迷いはすぐに消された。お母さんが正しいんだから。お母さんがやっていることなんだから。そーゆーもんだとずっと思ってきた。深く考えることすらしなくなった。

どんな友達でも、どんな立派な先生でもその人の欠点の方が目に付いた。毎日毎日、知っている人でも知らない人でもアラ探しをしてお母さんと笑いあって、私は大丈夫って安心して寝た。大学でひとり暮らしをした時も、結婚してからもたまにお母さんと電話をして、そーゆー会話をしないと気が済まなかった。もう中毒みたいだね。

私は勉強もできる。性格もいい。頭もいい。真っ当な考えを持っている。何よりお母さんに育てられた娘なんだから大丈夫に決まってる。誰よりもすばらしい人間だ。お母さんと話しているとそう思えた。

だけど、そう思う一方で、まったく自信がなかった。小学生の時くらいから、自分の意見を言うこと、自分のやりたいことを貫くことをしたことかない。お母さんがきっと賛成しないことをするなんて、選択肢すらなかった。

小学校の卒業式の日、担任の先生から「自発」という言葉をもらった。その時もピンとこなくて、やっと最近になって、こうやってブログとかで発信することかな、なんて噛み締めてたりしたけれど、もしかしたら、もしかしたらそれって、お母さんの意見じゃなくて、自分の意見を発言しろってことだったのかな。

つづく。

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がめつく生きろってなんだよ。20年前の先生に言いたいことがある。

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