来るな、の極意。

もうここには来るなと言われているのですが、どうしても来てしまいます。

私のお昼の1時間は、心のメトロノームを止めて、針をじっとまっすぐ上に向かわせる時間。心臓は動いているけれど、心の針は止めておきたい。動かすとしても自分だけの意思によりたい。

毎朝スタバで過ごす5分を、ここで瞑想する時間にあてようと来てみた。昨日の朝のこと。だけど、正座してすぐに、また来たのかと言われた。もう来なくていいと。寂しくて、なぜですかと聞けば、いつでも私はお前の心の中にいると。

そうかもしれない。それはわかっている。今朝、暖かい布団の中でまどろみの中の瞑想からのメッセージは、一言、やれ!!!!!!!!!!!だった。

答えを求めてここに来るのはやめろ、もうわかっているはずだ。やるしかないんだと。

来るな、は自分を信じろ。

来るな、は迷っているふりをするな。

来るな、は大丈夫だから。

来るな、は目覚めよ。

来るな、は自分に帰れ。

来るな、は来い。

来るな、は覚悟を決めろ。

来るな、は私を鼓舞する。

冷たい言葉の裏には、無限の愛があった。生きているうちに、人間の意識があるうちに、そうやって生きられたら、戦争も小さなケンカも、嫌味も妬みもすべては愛ゆえだと感じられたら、私はなんだってできそうだと思えるのだろうか。

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