好きなことしたら嫌われるから。後編

「12時でソッコーうまるからスタンバッといてね!」

友人の声がリフレインする。8時過ぎに夫を送り出してからそわそわ落ち着かなかった。娘に添い寝すれば二度寝できるのに、そんな気分にもなれない。

好きなことしたら嫌われるから。前編

ある本の著者に会うための情報が12時に公開される。1ヶ月前に知った時は人に会うだけでそんなにするの? と金額にたまげた。だけど、次の瞬間にはやってみなければわからないと行く気になっていた。夫には打ち明けられないけれど、今の私は変わり始めているから。この勢いをとめたくなかった。とはいえ、昨日の高級シャツは予定外だった。一晩寝てからもう一度考えてみると友人には伝えていた。

そして朝。やっぱり行きたい。お金に余裕があればいけるのに。でも余裕ってどれくらい? これから娘も大きくなって制限はどんどん大きくなってくるはず。ここで諦めたらまた振り出しじゃない? 気持ちをノートにぶちまける。

行きたい。だけど夫にバレたら怖い。モンモンとする私に「とりあえず、申し込みだけしてみたら? ほんとにムリならキャンセルすればいいんだし」とナイスなアドバイスがきて、なんとか気持ちを落ち着かせていた。

予定の時間になった。はやめにお昼を済ませた娘にテレビを見せながら、準備しておいたURLをクリックする。決めておいた日程の通りに慎重に入力していく。スマホが急に小さくなったみたいでパソコンにしておけばよかったなと後悔する。「キャンセル、数量の変更はできません」の文字に手が止まる。私のための注意書きだ。

1分後、「ごめん。やっぱりムリだった」悲しい気持ちで友人にメッセージした。「大丈夫。無理させてごめんね」と返事がきた。私に新しい世界を見せてくれようとしている彼女よりも、信用してくれているはずの夫に嫌われるほうが怖かった。優しい返事がきたことで、その思いを素直に伝えた。

「そうだったんだ。でもさ、それって本当にバレたくないの? 早くバレて叱ってほしいって思ってない? そうすれば、こんな怖いことしなくて済むのにって。早く誰かわたしをとめてって、どこかで思ってない?」

ガーーーーーーン。

こんなことしたら嫌われる。はみ出し者になる。バカなやつになる。信用をなくす。価値のわからないものに高いお金を出すなんて。最近の私は変わったと言いつつ、ただ頭のおかしなヤツになっていくようで怖かった。

やってみたい。その衝動だけでこの2ヶ月過ごしてきた。すごく楽しかった。でも夫に言えないのが同じくらい苦しかった。もう思い切って打ち明けよう。なんで土日に言わなかったのかって思うだろうな。会議だったら夕方まで返事はないかもしれない。

「ナイショで申し込もうとしたけど、できなかったので正直に言います」と前置きして短めのメッセージをした。間に合わなければ仕方ない。まだ間に合わないほうがいいとも思っていた。家でじっとしていたくなくてベビーカーを押して近くのイオンをぶらついた。途中で娘が寝たのでカフェに入ってスマホを開くと返事がきていた。メッセージをしてから2時間後の15時だった。

「行っておいで」

力が抜けた。同時に、私は夫のことを信用していなかったんだと気づいた。友人からは「どんな私でも愛してくれるよ」って言われていたけれど、ちゃんとした私だから、分別のつく私だから、見境なくお金を使ったりしないから、ちゃんと価値を見きわめられる人だから……たくさんの条件付きで結婚してもらったと思っていた。

夫の性格上、何も聞かないなんておかしかった。でも内容はかならず見ているはず。そういう人だ。締め切りが近づいているのを知っているからこそ、何も聞かないんだ。夫に返事をして残り3つの枠に申し込む。友人からも「おめでとう! 信じてよかったね!」ときた。

夫はいつも通り帰宅して、いつも通り着替えていつも通りごはんを食べようとした。目を見て、「ありがとう」と言ったら、「あぁ、あれね」とニヤケながらこっちを見た。どうしてすぐに返事をくれたのかと聞くと、「僕にはよくわからない世界だったけど、何かしら受け取るもんがあるんかなと思った。時間的にヨユーなさそうだったし、理由は帰ってから聞けばいいと思って」と言った。

私の満たされた気持ちは夫にも伝わり、夕食もおふろの時間も、いつもと違ってどことなくウキウキした空気が流れていた。娘が寝た後、電気を消した暗い部屋で、ちゃんとしてるから愛されてると思ってたみたいなことを言うと、「なんでぇ?」と夫は子どもに言うような声で笑った。

ちゃんとしていないとダメだ、ちゃんとしているから認めてもらえてるんだと思ってきた。ちゃんとするって、大人になること。大人はガマンする、人を優先する、空気を読む……とか。

でも、心の中で反発心もあった。ちゃんとしてない人だっている。私がやったらどうなるんだろう。たまに小出しするくらいしかできなかった。だって、怖かった。これ以上やったら嫌われる。お前は愛される価値のない人間だと最終通告を受けるのを先延ばしにするような感覚で生きてきた。

誰にも言えない怖さはどんどん大きくなって、妄想の世界を作り上げていた。そのトビラが今日、ひとつ開いた。好きなことしても嫌われなかった。友達にも夫にも正直に伝えたら、より深く気持ちがつながった気がした。

やりたいことを人のせいにしてやめるのもちがうな、と思った。好きなこと、モヤモヤすること、いろんなことにフタをしないで、ゆっくりでもいいから素直に生きていけたら、と思えた日でした。

テーマソング : 映画「ララランド」summer montage

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