ママに戻る前にとなりの駅で深呼吸してみる。

「息が吸える」

私よりも4ヶ月はやく職場復帰したセンパイが育休あけのキモチをそんな風に言った。

休んでるあいだがいちばんシアワセだと思っていたし、なんせ仕事をせずにお金がはいるんだから、娘といっしょだと息がつまるなんてバチアタリなこと言ってはいけないような気がしていたけど、センパイの言葉は私にもそっくり当てはまった。

そうですね。とっさにうまく笑えていたかわからないけど、おなじ年ごろの娘を持つ母であるという肩書き以上に心を通わせる言葉はないような気がするから、この返事でよかったんだと思う。

ひとりでゆっくりごはんを食べられるのがうれしいのか、産休前とおなじ仕事をまた任される信頼度に酔っているのか、とはいえ私には野望があっていずれひとり立ちする計画を練る時間が好きなのか何がいいのか、すべてがいいのかもしれないけれど、

今までとおなじ会社で似たような人と似たような仕事をしているのに、息を吸える感覚になれるってありがたい経験なのかもしれない。

娘と外に出かけるときはつとめて笑顔のやさしいママでいる。まわりの視線を気にして娘が機嫌よくしていれば、いいママでいられることに安心するし、イラダツ娘にもこちらは笑顔を崩さず、泣いてもわめいても動じないフリをしなければいけなかった。

だけど、ひとりの時間になればすました顔でコーヒーを飲んでも、仏頂面でスマホをいじっても誰にも咎められない自信がある。私にとってはそれが息を吸えるってこと。娘といっしょにいるだけで、息もできないほどの監視の目にさらされているママたちは春から仕事復帰してどんな気持ちでいるんだろう。

ヨチヨチ歩きの娘はどこにいっても、ほほえましい笑顔を向けられる。そんな娘のお母さんであるうれしさはもちろんあるんだけど、私ひとりになれば結婚しているのか、子どもいるのかもわからない、ただひとりの人で朝の電車にゆられてオフィス街の駅で降りて、夕方になれば定時よりも2時間はやく帰りの電車に乗る。

ひとりでいる私は見た目には2年前とほとんど変わらなくて、自宅の最寄駅で降りればにこやかなママの足どりになる。

私がママなのか、そうでないのかなんて目の前に座っているおばさんも特急に乗り換えたサラリーマンも気にはしてない。気にしているのは私だけ。私がこれからどうなるのか職場復帰して一週間、モヤモヤ考えつづけているのも、私だけなのかもしれない。

土曜日に楽天ブックスから届いた本に、「起きてほしいことだけを想像する」そうすれば頭の中のカーナビが自然に目的地まで連れて行ってくれると書いてあったから、このブログが人気になって雑誌の連載オファーがきて、家族でハワイに移住することを想像していたら、特急待ちの電車のトビラがしまった。

とりあえず、深呼吸する。最寄駅に着いた。

森中あみのライフエッセイ!あなたの心をはき出して前に進む

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です