人生ゲームを最高に楽しむ方法。

悲しい結末になれば、注目してもらえる。それほどまでに私は人からの視線を浴びたいのだった。

一行前の私は過去の私。もう戻りたくない。

二兎を追う者は一兎をも得ず。二つ同時には得られないものがこの世にはあるらしい。そうじゃなきゃ、ゲームは面白くないからな。戻らない代わりに何かを失おう。家族を死なせてまでも注目されたい自分とおさらばする代わりに、家族以外の人に注目するのをやめてみようじゃないか。

ゲームのスイッチがオンになっていて、それがコンセントとつながっている限り、プレイヤーは何度でも復活できるように、母親の胎内に降り立つ前に書いたゲームのシナリオはいつどこからでも再開できるのだけど(死なない限り)、コントローラーを握る御前の意識がゲームから外れていたら、私が操縦するのはマリオなのに、別の誰かが操るピーチばかりを見ていたら、いずれ出てくる予定のクッパのことばかり考えて手が止まってしまったら、何のために生まれてきたかわからないんだよ。

仮に、死ぬときがゴールとするならば。もうわかったかな。地球でゲームを楽しむと決めた私たちに共通のルール。遊び方は自由。ただし、自分で決めたゴールのタイミングは絶対に変えられない。嫌だ、もうすこし遊びたいと言ってもダメなんだ。ゲームを最大のスリルで楽しむために、いつゴールが来るのか忘れてきたんだ。絶対に思い出せない。

ならば。死は明日かもしれないならば。怖い。なんて怖い。こんなスリル、ない。今日も生きられた。この安心感、ない。

私、どんだけ覚悟決めてきたんだよ。もうこれ以上の覚悟なんていらないんじゃないの。

おもしろいね。こんな私を見て、笑ってるヤツがほら。

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