だから書く。生きてるから。

人生はつながる。

あのときのあれがこうなって、こうなったからああなって。

ムダなことなんて何もなかったと思うけれど、そう思えるのは振り返る今がすきだから。今の自分がキライなときは過去にすがる。ほんのちょっとのモテ期をなつかしんで、あの頃はよかったな、なんて言う。

長い間、わたしもずっとそんな人生だった。小学校6年生のモテ期、といっても告白されたわけでもなく、たぶんわたしが好きな人は私のことがすきで、あの人もあの人もそうだからモテてる。そう思ってた。ん? 思ってた? ってことは実はちがったの? あれ。

人生は勘違いだと最近買った本に書いてあった。勘違いしたもん勝ちみたいなこと。たしかにそうかもしれない。モテ期だったことも、今もすべてはわたしの勘違いで、いいことも悪いこともすべて私の心が決めているのだとしたら……

今年に入ってからまだ1ヶ月ちょっとしか経っていないのがフシギなくらい、いろんなことがあった。年明けすぐにある人に再会して、その人が私のことを「カリスマライター」だと言って、まだデビューしたわけでもない育児休暇中の主婦をあっというまに広めてくれた。

その日はブログの閲覧数が1000を超えて、有名人ってやっぱりすごいなぁと感心した。その次の日も次の日も勢いはあり、私のブログを読んだ、ブックマークした、あれを書いた人ですかと言われたり、有名人にくっついて私も上昇気流にのっているみたいな気がする。

流れとかパワーとか細胞とか目に見えないものの話をすることが最近多くて、そういう人はだいたいパワーのある人だというのがこの1ヶ月でだした結論。つまり、目に見えない未来とかふっとわいた感情をどれだけ大切にするか、勘違いにするか本当にするかは本人次第で、私が「カリスマライター」なんてとどこかで思っている限り、私は死ぬまでそうはなれなくて、本気で信じてくれたその人からも見捨てられて、ほらねと勘違いを本当の勘違いにして自虐的になるのがオチ。

ということは、勘違いだとか本当だとか目に見えるとか見えないとか、そんなものはどうでもよくて、つまりは自分の今、ここにある気持ちがどう言っているのか、こわいのか、悲しいのか、わからないのか、うれしいのか、ワクワクするのかをなんのフィルターも通さずにずどーーんと刺さるものに敏感になれるかどうかだと思う。

きっとむずかしい。すぐにできるものでもない。だけど、実際にそれをやってのける人はたくさんいて、そういう人たちの周りにはそういう人たちが集まって、そうじゃない人たちのまわりには……。

パワーは無限じゃないから、どこかに吸い取られたり、あったはずのパワーを見失ったり、もったいない使いかたをすると結局、自分は何をしたいんだ? となる。もったいない使いかたとは、やりたくないことをすること。やりたくないけれど、やらなければいけないことだからとか、いつもやっているからとそれらしい理由をつけて自分をだますこと。

私もこうやって英気満々で書いているけれど、ついさっきまで「もっと生きろ」と怒られたばかり。生きているのに、生きろと言われる。なんだそれ? とは思わない。ごもっとも。生きているのに、生きてなかった。書きたいのに、書けない。それは書きたいのに、他のことを言い訳にして書かないだけ。

子どもが、SNSが、テレビが、旦那さんが、ごはんの準備が、そんなことほっぽりだそうとすればできるものはたくさんあって、それをやらないのは生きているのに生きていないこととおなじ。

こうまでしても私はまだのらりくらりと「あしたになれば」とか言っているんだ。なぜだろう。カリスマライターになりたいのに、ならないのは。勘違いすらできないのはなぜだろう。自分がキライだから? お前なんてって思ってるから?

そうなのかもしれない。自分のことキライだなんて思ったことなかったけど、30年前のモテ期やフラれた元カレに固執するのは、今の自分がキライだからだ。そうか。はじめての感覚。私って私がキライなんだ。だから信じられないし、突拍子もない未来を現実化できない。口では言ってるくせに、心が思ってない。

じゃあどうすれば? ぜったいにこのままじゃイヤだ。もう今すぐにでも飛び出したい。宇宙から地球を見下ろして、アッハッハと叫びたい。宇宙からじゃ、日本すらどこにあるか見分けられないだろう。その中の京都の端っこにいる私。こうやって、夜な夜な文字に思いをぶつける私。だけど生きてる。ここにいる。このどうしようもない感情を言葉にして誰かに届けたい。私はここにいる! 生きてるよ! って伝えたい。

だから書く。生きてるから。悩むけど、迷うけど生きてるから。だから信じたい。きっといつかカリスマライターとして世の中に飛び出して、脚光をあびて、有名人になって、ファンができて、今日のわたしを笑い飛ばすんだ。そして誰かのあこがれになるんだ。

だから私は書く。あしたも書く。あさっても、その次も。言葉にならない思いをどうにか文字にする。それが私にとっての生きることだから。

そろそろ明日にそなえて寝よう。明日も生きなきゃだから。

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