不器用すぎる父を許した日 

あみちゃんへ

父の日のプレゼントありがとうございました。京都での生活のリズムができたのかなと勝手に安堵しています。私は今までも自分のリズムで生活していたので変わりないと思っていましたが、意外にも今ぎこちない生活をおくっています。お母さん以外に家に誰もいないという生活にまだ慣れないようです。リビングから聞こえるあみちゃんとお母さんの笑い声が聞こえないのは寂しい限りです。

 

自分の泣き声の大きさにびっくりした。ここはひとり暮らしの部屋だから思いっきり泣いてみるのもありだけど、泣き声を耳が冷静に聞いていて落ち着かない。夕暮れ時だからかな、とも思ってみた。でも、A4用紙たった一枚ちょっとにキレイに打たれた文字から伝わってくるものが大きすぎて押さえきれない。半年たっても、三年たっても、五年後の今もやっぱり涙がでる。

 

父と面と向かって会話した記憶はほとんどない。キライとかそういうのではなく、本当は話したい。だけど「女の子と話すのが苦手なんよ、お父さんは」とリビングからこそこそ出て行った父をフォローする母の言葉が、私のさみしさを見透かしているようで、いつも納得したフリをしていた。

 

中学三年生のとき塾に通い始めたときも、東京の大学に行きたいと相談したときも、相手はもちろん母だけで、そうするしかなかった。だけど、たまに母から「あんたを塾に行かせるの、お母さんがさせたと思ってるんよ、お父さん」とか「お前が東京に行かせたいんやろ、とか言うとよ」と聞く度、自分が悪いことをしているような気になった。

 

テレビで見る家族団欒のように、夕食後父がソファでくつろいでいたりすれば、「お父さん、ちょっといい?」と話すこともできただろう。だけど、母曰くシャイすぎる父は、夕食をリビングで取ることもほとんどせず、そそくさと自分の部屋に帰っていくのだ。私に背を向ける父を見るのは、さみしかった。だけど、それを言うことで困る父の顔が容易に想像できたから、毎日がまんしていたのに。「じゃあ、どうすればいいとよ」とも言えず、母のグチはいつも発せられるだけで、父の本当の気持ちも、母の不満も、私のさみしさも解決されることのないまま大人になった。

 

だから、本社に異動のチャンスがきたときも、父への報告はいつも通り母経由で、いつ知らされたのかもわからないまま、引っ越しの準備が進んでいった。

そんな感じで、三人の子育てはすべて母に任せることになってしまった父の唯一の役目は車の運転だった。母は免許を持っていない。大雨の日、朝が早い日、受験のとき、東京から帰ってきた日、父と子が必然的に会話できる少しの時間がうれしかった。「じゃあね」と「ありがとう」だけでも、父がわざわざ仕事の終わるタイミングにあわせて迎えにきてくれることもあったから、おなじ気持ちだったはずだ。

 

引っ越し準備とゴールデンウイークが重なり、家具の買い出しに連れて行って欲しいと頼んだ。当然、張り切ってくれているはずなのに、その日はどうもおかしい。お目当ての家具を探すため、いくつか店をはしごしている途中からかなり不機嫌な様子。道も混んでいたし、日差しも暑くなってきたせいだろうか。でも、こんな風に父に気を使う生活よりも、新しい未来が待っていることにそのときの私はワクワクしていた。

 

駐車場についた。誘導の係員が「あちらへ」と指示した瞬間、「わかっとう!」父が突然どなった。あぁ、やっぱりおかしい。係員には何も落ち度はなかった。家族のしがらみに巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。私はだんだんと父に腹が立ってきた。いったい、何なんだ、この人は。もうワケがわからない。

 

出発の日、母と始発の新幹線に乗るため博多駅まで送ってもらった。父とは駅前のロータリーで「じゃあね」と別れた。最後ですら、そんな簡単なあいさつだけだった。

 

新幹線が動き出す。通路側に座った私に母が「お父さん、見るって言っとったよ」と言った。え……。父の職場の屋上から、新幹線が見える。低いビルや家がたくさんあるから、見つけられないかもと身を乗り出した。いた。まだスピードの出ていない新幹線の小さな窓から見えたのは、しっかりとこちらを見つめ、ひとり立つスーツ姿の父だった。ずっと離れているはずなのに、その姿がとても大きく見えた。涙がとまらなくて、大好きなサンドイッチもしばらく食べられなかった。

 

なんでそんな不器用なん、そんなことしかできんの、ちゃんと言ってよ、直接言ってよ。その言葉は自分にもはね返ってきた。仕方ない。これが私たち家族のスタイルなんだから。これまでのさみしさや胸の支えは少しなくなっていた。

 

それから一ヶ月後、父の日のプレゼントに梅田の阪急で買ったおしゃれなステテコを福岡に送った。手紙を落ち着いて読み返してみると、お父さんってこんな読みやすい文章が書ける人だったんだと思った。数行の中に想いがぎっしり詰まってる。最後にはこうあった。

 

自分を大切に自分の幸せを見つけてください。

でも何かあったらすぐ帰ってきなさい

一人で抱え込まないようお願いします

いつでもここにいます

 

幾度となく迷惑をかけた父より

 

なんよ、それ。わかってるやん、お父さん。ぜんぶわかってやってたんや。一人で抱え込まないようにって、それお父さんに言いたいよ。仕事のグチも、自分の気持ちもぜんぶ抱え込んでたのお父さんやん。私は娘よ。少しは似たような性格にもなるよ、そりゃ。死ぬまで言えんかもしれんけど、いいよね。それがうちの家族だから。

 

ありがとう、お父さん。ずっと元気でいてください。

 

最後まで素直になれない娘より

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