あしたは満月だ。
満月の夜には「手放し」が有効なメッセージらしい。

(18分のタイマーをセットしてみた。これから音が鳴るまでどこまで書けるか、勝負だ)

今日は母親のことを書こうと思い、PCを開いた。横では夫がリビングの床で寝ていて、二つ隣の部屋であと2日で2歳の娘が寝ている。いつもの夜。

な、はすだけど。
ちょっとだけ違うのは、いやかなり違うのは私がこうやって書いていること。PCを開いて、さっきキッチンを片付けながら目に入った母親からの手紙に目がいって、あぁきっとこれを書かないとダメなんだろうなと。冷蔵庫に紙をベタベタ貼るのはダメだと言っていた母親の手紙を冷蔵庫の一番目に付くところに貼っている私が、物書きとしてうだうだしている私が、さっき夫に「人の目を気にして書きたくない」と宣言した私が書かないとダメなんだろうと。

娘が生まれて2週間の頃、母親が言った。

「子どもはひとりでいいよね」娘が産まれて2週間。母が私に言った。

ずっと気にかかかっていたのかもしれない。私は長女で、2つ下の弟と8つ下の妹は必然的に要らなかったことになるのか。それとも私はいらなくて、弟だけでよかったのか。そこまで考えたことはないけれども、自分より一回りも年をとって初めての子を産んだ私の体への気遣いだとわかってはいても、どうしても母は人生に後悔しているとしか思えなくて、いたたまれなくて、だけど「どうして?」と問いただすこともできない自分から2年、逃げ続けてきたんだ。

母親のようにはなりたくない、人生に後悔したくない。だから子育ては母親と真逆になった。自由に育てられたと思っていたけれど、躾や世間体はある程度強要されてきたようだ。孫が生まれてからの母は、たまに電話する度に「手じゃなくてフォークを持たせろ」「足の組み方があんたに似ていてよくない」「歯磨きはぜったいにしないと」「もっと頭を使え」「旦那さんに気を遣え」と初めて見る母の顔を見せてきた。

あぁ、いやだ。正直な気持ち。やっぱり私はこうやって抑圧されて育てられてきたんだ。ぜったいに同じことはしない。娘に同じ思いはさせたくない。そう思っていた矢先、仕事帰りに急に飛んできた母からのメッセージに「うるせー!」と心の声をそのまま文字で返した。

すぐに既読になったにも関わらず、返事はなし。そこで終わるはずのない話。気持ちのやり場に困って旦那さんに話したら、返事は案の定。それはちょっとひどいんじゃないの。そうかもしれない。だけど、もう私は限界だった。これ以上、踏み込まないでくれ。ただでさえ、母親ってものは娘の心に声のトーンだけでずぶりと入り込める魔女のような技を身につけているのだから。それが母と娘ってものなんだから。

もうやめてくれ。これ以上、私を悩ませないでくれ。お願い。それが短くなると「うるせー」に変換されることは今になればわかるし、あとから冷静になって、まさかとは思うが怒ってるのかとかぶせてメッセージをしたが、その日のうちには返事がなく、翌朝、あそこまで言われたら落ち込みます、と。

落ち込む? 落ち込んでるのはこっちだ。うるせーの後に、「信じてほしかった」と返した。母から歯磨きの仕方、寝る場所のアドバイスをもらってから、その日のうちにすべて実践した。寝る場所はうまくいってる。歯磨きも2~3日に一度はできるようになった。だけれど、そのあとは自由だろ? と言いたい。

それ以上、踏み込むなよ。(もう大人なんだよ、母親なんだよ、こっちも。だから自由にさせろよ、自分が生んだ娘を信じろよ)信じてほしいの言葉は届かず、急に

(18分のタイマーが鳴る。今日はここまで。おやすみなさい)

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