わたしのプライドをはじき飛ばしたのは、気弱なベイマックスだった

この男、ただ者じゃない。フロあがりに上半身ハダカでスマホをいじりながら、うつむいている男。ぽわーんとした白い体に、丸い顔、小さな目のベイマックスみたいな男。

 

はじめて会ったときは、「わたしが本気出せば、一撃で倒せそう、ふふ」とみくびっていた。あれから5年。どんなに言葉のパンチをくらわせても、数倍大きい目でにらんでみても、へこたれない。あれ? もしかして勝てない? 今までと違う? 私の夫、ただ者じゃない。

 

これまで、なぜかいつも、近くにいる男から敵扱いされてきた。「あの、わたし、女なんですけど?」は通じない。まず思い出すのは、学生時代の部活。勉強もできて、人望もあって、約60人の吹奏楽部をまとめる彼は、ぼやっとしてて、よくこけて、女子からも大丈夫? と言われている友達と私を明らかに区別した。被害妄想が入っているから、記憶が大げさになっているけれど、たとえば練習で座るイスを準備しているとき。新品みたいなキレイなのとガタガタの座りにくそうなものがある。そんなとき彼は誰にも気づかれないように、そっと私にガタガタをまわす。あからさまに、え? って顔をすると、「あー、これで大丈夫だよね?」と薄ら笑いで返してくる。経験者の私の方が、はじめての彼より飲み込みが早いのは当たり前なのに、やたら大きな音でジャマしてくる。どんなときでも、自分のほうが上だと見せつけようとする。ウザイ! でも、その気持ちは押さえ込んで、彼のムカつく行動は無視していた。それが私なりの勝ちだった。

 

新入社員で九州エリアに配属されたときも、苦い思い出がある。入社後一ヶ月は、男女三人ずつの新人はみんな同じ環境で研修を受ける。その後の配属先がドキドキ。上司の間ではもう話がついていて、あとは私たちへの通知を待つだけ。あがいたって何も変わらないんだし、くるもの拒まずで待っていればいいや。そんな気持ちで、就業後に給湯室でコーヒーメーカーを洗っていた。すると後ろから、ねぇねぇと声がした。新人の中で一番威勢のよい彼。「配属先、わかったよ」なんで、あなたが? そんな目で振り返ると、聞きたくない口から聞きたくない配属先がいきなり告げられた。それは無人島でサバイバルして来いみたいな辞令だった。上司から聞かされていれば、「がんばります」と威勢よく言えたかもしれないのに、失礼ですが、なんでお前が言うんだよ! 100歩譲って、良かれと思って言ってくれたと思いたいけれど、誰が聞いてもうれしくない辞令だよね? ニヤついたうれしそうな顔が忘れられない。研修中、先輩から頼まれた以外のことばかりやって、彼はよく注意されていた。「もっと、あの子みたいに集中しなさい!」と言われていた。彼は、私と比べられるのが気に入らなかったのだろう。その腹いせかな。そんなヤツには負ける気がしない。そう思うとやる気が出た。

 

ふり返れば、付き合ってきた人にも無意味に上からこられたり、男の人と対等な関係でいられたことは一度もなかった。信じたくないけれど、私にもかなりのプライドっていうものがあって、隠しているつもりでもそれを察知した男たちがつぶしにかかってくる。プライドのぶつかり合い。そんな人生だった。

 

だけど、今、目の前でぽよぽよしているベイマックスは、私にそんな態度を一度も見せたことがない。そういえば、付き合う前にファミレスで晩ごはんを食べているとき、おもしろい記事があるよとスマホ画面を見せてきた。そのタイトルは、「高学歴女子が結婚できない理由」だった。今なら、なんだよ、あれ、失礼でしょ! とお尻を蹴りたくなるけれど、その時は、プライドって恥ずかしいと単純に思った。結局、その二日後に私から、「付き合ってください」と言うことになるわけで。

 

夫には、こいつに勝ってやろうとか、思い通りにしてやろうっていう気持ちがない。あなたは、あなた。ぼくは、ぼく。やっと寝てくれた娘の横でいびきをかいたり、裸のままリビングで寝たりして、何度、私に怒られても、罵られても、変わらない。「あ、ごめーん」いつもその返事。小さい頃、お母さんにこっぴどくしかられても、「そうかぁ」としか思わなかったらしい。そうやって、どんなパンチもキックもぽよーんと跳ね返しながら、ゆっくりだけど最終的には自分のやりたいことをやっている夫。それって、けっこうすごいよね。勝とうとしない、操作しようとしない、でもやりたいことはやる。なんか、めっちゃカッコいいんですけど。

 

どうしようもないプライドだけを大事に持って、男の人に敵意をむき出しにしていたのは私だった。ガタガタのイスが回ってきたとき、「なにこれー!」って笑えたら、そこから友情が生まれたかもしれない。無人島行きの辞令を知ったとき、「え、なんで?」って素直に言えたら、同期のキズナができたかもしれない。女なんですけど。男でしょ! と最初からレッテルを貼って、人としてのつながりに踏み込む勇気がなかった。それは、私が男の人から、女として見て欲しいと思っていたから。

 

じっと見ていたら、ベイマックスがスマホから顔をあげて「なに?」と言った。その顔は、いつも通り笑っていて、私は「なんもない」とそっけなく言う。この人、すごい。でも、言ってやらない。「なにそれー」って返してくるその顔を、ずっと見ていたいから。

 

わたしのプライドをはじき飛ばしたのは、気弱なベイマックスだった

 

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