ついに私、決めてしまった。ヌードを見せるって。

今日はこれを書かなければいけない。

真っ暗な部屋で元カレ、福岡にいる親、今日いっしょに墓参りに行った義理の親、隣のリビングでいつも通りイビキをかいている夫、東京にいる妹、福岡の弟、死んだおじいちゃん、娘を産んだ日のこと、元カレとのはじめての夜、高校生のときのはじめての彼氏、旦那さんをはじめて親に会わせた日のこと、その日お父さんが予約してくれたホテルの部屋が高そうだったこと、そのお礼と感謝の気持ちを伝えていないことをいずれ後悔する日がくるのかもしれないことなんかが頭の中でうかんでは消えていくのを感じていた。

今日はこれを書かなければいけない。

何を書くのかは決まっていないけれど、書き始めなきゃいけない。それくらい何かに押されている。時計は深夜0時をまわって11分。1時間以上かかった娘の寝かしつけの間、そう思った。決めた。

芸術家って、今の私みたいに書かなければとか残しておかなければといった焦りのような気持ちでものを書くんだろうか。想像では、ただ書きたいから、だれの目に触れなくても自分のために残しておきたい情熱が芸術家の愛すべきところだと思うのだけど。今の私はそれよりも焦燥感のほうが強い。それでも、書かないよりはマシだともう一人の私が言う。

書いたものを公開するのはいつも、私にとっては半裸を見られるような気分で、それくらいハードルが高い。だけどなんなら全裸でも、「私をわかってほしい」「私ですらわからない私を見つけてほしい」と思いながら書いている。誰の目に触れなくてもいいなんて、これっぽっちも思わない。全世界の人、宇宙人ですらも今日のこの私の気持ちを、まだ形にはなっていなくて、オチもつけられていないこのぐちゃぐちゃな感情を知ってほしい。それが私なんだということも。

書く熱意には波があって、書けない時期がこれまで何度かあった。そんな時は、こんなに書くことが好きなはずなのにと自分を責めた。書けない理由がわかるような、わかりたくないような逃げている感じがイヤだった。

私にとって書くことは全裸を見せることなのだとしたら、これまでずっと、「全裸を見てほしい気持ち」と「全裸なんて見られたくない気持ち」がシーソーしていて、見てほしい気持ちが重くなったら、軽いタッチで書いたものを公開する。つまり、恥ずかしくない程度のほんの少しの部分とか。見られたくない時は書かない。書けない。だって、書いたら見てほしくなっちゃうから。全裸なんて見せられないもん。

私は自分の裸と同じくらいのウソのないものが書きたいし、書くからには見せたい。私はヌードを見せたいんだ。

 

 

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